強迫性障害(OCD)教室
強迫性障害について
強迫性障害の原因
強迫性障害の治療
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強迫性障害について
ある日、これまでやり過ごせていたことが、
異常に気になり始めた

家を出た後に、ふとカギをかけ忘れたかもしれないと気になった。
夜寝る前に、ガスコンロのスイッチを切っていないかもしれないと気になり、布団からからだを起こした。


このようなことは誰でも経験のあることだと思います。記憶とはあいまいなものですから、一度気になれば多少は不安なものです。とくに何か考え事などしていて無意識に確認した場合などは後から気になることもあります。戸締りや火の元など大きな危険につながるような問題であれば、一回は念のために確認に戻る人も多いでしょう。でも、もし確認したはずだけどはっきり思い出せないだけで、しかも急がないと遅刻するようなときであれば、「大丈夫、きちんと消したはず!」と自分の行動を信頼して先を急ぐことでしょう。そのとき、心配や不安は時間とともに自然に気にならなくなっていくものです。心配の内容が大きな危険につながらないようなものであれば、「まあ大丈夫だろう、もし忘れていたとしても大した問題ではない」と自分に言い聞かせるだけですませることが多いのではないでしょうか。
これに対して、強迫性障害の場合は、一度疑問が浮かぶと「大丈夫という感じ」が得られにくく、強い不安や不快感に苦しみます。このために確認せずにはいられなくなるのですが、大丈夫だという確信を求めて一生懸命に確認するほど疑いもわきやすくなり、確認をくり返す悪循環に陥ってしまうのです。


例えば
サラリーマンをしていたB氏は、ある朝、会社に行く通勤途中で、家のカギを締めたかどうかが気になりました。普段なら「きちんと締めたはずだ」と思い電車に乗るのですが、その日はなぜか無性に気になり、家まで確認に戻りました。家に着くと案の定、カギは締まっていました。ほっと安心し、出社時間も迫っていたので駅へ急ごうと小走りに100mほど進んだところで、どうしたのか、またカギのことが気になってきたのです。「ついさっき確認したばかりじゃないか!」と自分に言い聞かせて記憶をたどるのですが、「確認しようとした時に無意識にカギを開けてしまったのではないか」などと悪い想像をしてしまうと、今度はその考えを否定しきれず不安はますます強くなり、結局B氏は再び家に戻ってしまいました。以来、B氏は戸締りに長い時間がかかるようになり、イメージしかもそれは日に日にエスカレートしていきました。カギを回す手の感触や「ガチャ」という音、ドアを引っ張って戸締りを確かめた回数などの手がかりを記憶に刻み付けようとするのですが、どうしても安心できずに会社を休む日が多くなってしまいました。
このように、ガスコンロや戸締りなど誰にでも経験があるような日常的な確認であっても、強迫性障害の場合には確認の頻度や方法が常識の範囲におさまらず、しかも次第にエスカレートしていきます。すなわち、回数が極端に多くて長い時間を費やしたり、確認の方法が奇妙であったり、ついには外出できなくなるなどして生活に支障をきたしていくのです。
また、強迫性障害では、一般的には真剣に悩むことが少ないような非日常的な心配を認める場合もあります。

例えば
イメージC子さんは電車通勤のOLで、車内ではよくお年寄りに席をゆずる優しい性格です。休日にショッピングに出かけるために駅のホームに立っていたときのことです。ふと「前の人の背中を自分が押してしまうのではないか」「記憶にはないがさっき一瞬ぼうっとしたときに誰かをホームからつき落としたのではないか」という考えが浮かんできたのです。もちろん今までそんなことをしたこともないし、願望があるわけでもありません。むしろ最も望まない行動であると自覚していればこそC子さんは強い不安に襲われ、「私には自分でも知らない潜在的な人殺しの願望でもあるのだろうか」と悩みました。自分が危険な行動をするはずはないけれども、絶対に大丈夫という「確証」のようなものが実感できないため、C子さんは自分は電車通勤をするべきではないと考えて電車に乗ることを避けるようになりました。道を歩いていても、「誰かにぶつかって怪我をさせたのではないか」と心配して振り返って確認しました。「ごみの中に目に見えないほど小さな虫がいるかもしれない」と思いつくと、「ごみを捨てることは犯罪ではないか」などと追求して考えるため、ごみを捨てられなくなったりゴミ捨て場で懺悔のことばを繰り返して家族がびっくりしたというエピソードもありました。ニュースで放映される傷害事件に自分が気づかぬ間に関与しているのではないかと不安になって、警察に出頭したことすらありました。
  C子さんの心配はB氏と比べると極端で突拍子がないように思われますが、分析していくとC子さんなりには筋が通るともいえるのです。
(1) 自分の不注意な行動(捨てて大丈夫という確信もなくごみを捨てる)が何か取り返しのつかない事態(小さな虫が死ぬ)を招くかもしれない
(2) この心配はばかげているが、可能性はゼロではない
(3) この心配(虫が死ぬ)の可能性がゼロではないと感じているのに実行することは犯罪ではないか
(4) 実行(ゴミを捨てる)するためには「大丈夫だ」という確信が持てるまで確認すべきだ

強迫性障害の患者さんは、アンダーラインを引いて示したような「あいまいなこと」「抽象的なこと」に対して不安や混乱を感じることが比較的多いようです。また、心配事を映像化して空想するために不安をさらに強くしたり、現実と空想の区別への確信をさらに得にくくしてしまうこともあるようです。不安が強いのは実際の危険性が高いからだと誤解して感じてしまう場合も少なくありません。
さらに、心の中の思考や空想に対する責任と、自分の行動への責任の重さは違うという「当然の常識」が直感的に理解できなくなっている人もいます。そして、現実の事態に適切に対処する行動をコントロールするのではなく、思考や不安をコントロールして安全を守ろう、責任を果たそうと考えてしまうのです。このため、本人なりの安全への努力が、周囲の人間から見ると問題の解決にならない矛盾した行動として見えることもあります。

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