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私の診療日記
昭和大学医学部精神医学教室助教授 中込和幸
中込和幸助教授

第1回−「システムエンジニアのA氏」

 うつ病やパニック障害には、“特別な病気”というイメージが強く、このような病気に悩んでいる多くの人が、誰にも相談できずにいます。
しかし、ストレスの多い現代社会ではうつ病やパニック障害は誰でもかかりうる、ごく一般的な病気です。

 このコーナーでは、精神科の先生である中込先生の診療日記を通じて、先生の日常的な診療風景をのぞいてみましょう。

 先生が、普段どんなうつ病やパニック障害の患者さんを診ているのか、またその患者さんたちにどのような治療をして、そして病気から回復しているのか、などを皆さんにもみていただきたいです。

 そして、皆さんにもっと精神科を身近に感じてもらい、1人でも多くのうつ病やパニック障害で悩んでいる人の治療を受けるきっかけになって欲しいと思っています。

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  ●A氏(37際、独身)が始めて私の診療室を訪れたのは約3ヶ月前のことであった。

 思いつめた表情で私がすすめた椅子に腰掛け、時にため息をつきながら、途切れ途切れに話し始めた。

 彼はコンピュータのシステムエンジニアとして約10年間現在の会社に勤務している。仕事柄残業は多く、時には夜中の1時、2時まで仕事がかかることもあり、早くても9時、10時まで仕事をすることが多かった。性格的にはやや内向的で、自己主張が少なく、頼まれると嫌と言えない性格であった。以前にも時折落ち込むことはあり、休養することで回復してきたが、今回ほどひどいものはなく、病院にかかるのははじめてとのことである。

受診する約6ヶ月前頃に会社で大幅な組織替えがあり、慣れない管理的な仕事をまかされるようになった。また、不景気のため部下がリストラされ、その仕事も人にまかせることができず、自分で抱え込み、徐々に負担が重くのしかかるようになったようである。その頃より、毎朝出勤前に下痢をするようになり、内科クリニックを受診し、「過敏性腸症候群」と診断され、胃腸薬を処方されたが、下痢はおさまらなかった。それどころか、頭痛、頭重感、発熱感なども伴うようになり、会社に行きたくない気持ちがますますつのるようになっていった。受診10日前には仕事への意欲低下に加えて、集中力、記憶力、作業効率の低下も自覚するようになり、そのためかえって帰宅が遅くなり、明け方に帰るような日が続いた。また、突然悲しい気持ちに襲われたり、わめきたくなるなど情緒不安定な状態に陥り、仕事を辞めたいが、再就職のあてもなく、時折自殺してしまいたくなるような衝動にかられることも出てきたため、インターネットで調べて、本日受診したと言う。

イメージ私は、診断がうつ病であること、必ず治る病気であること、仕事を辞めるかどうかの重要な決断を延ばすことをまず伝えた。さらに、きちんと薬を飲むこと、休養が必要だと告げ、とりあえず1ヶ月間の休職のための診断書を作成した。また、薬の副作用として吐き気が出現することがあるが、多くは一過性であるためがまんできる程度であれば服用を続けるようにと伝えた。彼は、自分では決断がつかないからと素直に私の忠告に従い、翌日から自宅で静養することとなった。

 翌週診察室に現れた彼は見違えるほど落ち着いた表情を見せ、とくに副作用もなく、下痢も改善し、大分気が楽になったと述べたが、まだ漠然とした不安が残っているとも訴えた。そこで、私は最初に処方した薬を徐々に増量していったところ、4週目には症状はほぼ消失し、ダメなら休めばいいといった気軽な気持ちで職場に復帰することになった。そこで、とりあえず復帰1ヶ月間は定時出社、定時退社、ノルマのある仕事を避けるように本人に告げた上で、診断書にもその旨を書き添えて職場に提出するよう伝えた。

 現在、ようやく「リハビリ出勤」の期間を終え、徐々に従来の仕事のパターンに戻る途上であるが、診察時には、よくなっても薬を飲み続けること、ダメなら休めばいい、思いつめないようにと繰り返し話しかけるようにしている。今後、自分1人で仕事を抱え込むことなく、人にまかせられるようになれば、薬を減らしはじめてもいいかと考えている。

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